[09]花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに(小野小町)
(訳)花の色は褪せてしまったなあ。何もせず我が身が春の長雨に降り込められ物思いにふけっていた間に。(私の容姿も衰えてしまったなあ。むなしく我が身が恋を重ねて過ごし物思いにふけっていた間に)
出典は古今集・春下。二句切れの倒置法で、何もせず春の長雨に降り込められ物思いにふけっているうちに、花は盛りを過ぎてしまったよ、という一首。古今集では散る花の歌を集めた中に置かれているので、花を桜と特定する必要はない。だが自身の容姿をたとえたとしたらどうだろう。「移りにけり」つまり自分の意思と関係のないところで変わってしまったのは花の色ならぬ私だったのだ、という嘆きが読みとれる。すると「世にふる」からは、いくつもの恋を重ねてきたという男女の仲らいの意味の「世」が見えてくる。そして、「ふる」にも「経る」と長雨が「降る」だけでなく、96と同様に「世に古る」という感慨が浮かんでくる。「ながめ」は、男性の訪れを物思いにふけって待つ女の様子を言いあてたもの。自ら直接味わったことを思い出す過去の助動詞「き」の連体形「し」が、これまで経てきた数多の「ながめ」を今に呼び戻す。長雨の中で、わが生涯を回想したかのような一首となる。
小野小町は仁明・文徳天皇(833~858)のころに活躍。古今集に18首入集。うち13首が恋歌だったこともあり、後代さまざまな伝説が生まれる。この歌は古今集以後長らく注目されることはなかったが、新古今集の時代になって評価が高まった。