11 敗者の行く末は

[41]恋すてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか(壬生忠見)

(訳)恋をしているという私の評判は早くも立ってしまったよ。人知れず思いそめたというのに。

 

 40「忍ぶれど」の一首前に詠まれたのがこの歌。「まだき立ちにけり」も前歌の「色に出でにけり」と同じ要領で理解できる。戸惑い、うろたえ、不安、しかしそんな中どこかに安堵やよろこびも混ざった、複雑な心情をしみじみとうたいあげている。本来は下の句からうたいはじめるところを倒置法にし、あえて言い切らない形で終えることで余韻を持たせる。歌合から約40年後に編まれた第三勅撰集『拾遺和歌集』ではこの歌が恋一の巻頭を飾り、40兼盛歌がこれに続く。ともに、はじめの恋の歌として高評価を獲得していた。

 天徳内裏歌合ではここまでに兼盛と忠見の対決は二度あって、互いに一勝ずつ挙げている。三度目となった結びでは紙一重のところで勝ちを逃すこととなった。それから300年後、鎌倉時代中期の説話集『沙石集』に、その後の忠見の話が見える。病の床にある忠見を見舞った兼盛に「この歌以上のものはあるまいと思いながらあなたの歌を聞いた。すぐにこれは負けたと思った。すっかり落ち込み、その後は食事ものどを通らなくなった」と語り、間もなく亡くなったというのだ。もちろんそんなことはなく、その後も活躍している。ただ、歌一首に全身全霊をかけていたこと、あの歌合はそれにふさわしい場であったことに変わりはない。

暁星高等学校教諭 青木太朗