54 シャッターチャンス

 

[79]秋風にたなびく雲の絶え間よりもれ出づる月の影のさやけさ(左京大夫顕輔)

(訳)秋風にたなびく雲の絶え間からもれ出てくる月の光の澄みきったことよ。

 

 月明りで雲は夜空に白く浮き上がっていた。たなびく動きもはっきりと見えていた。雲と月とで夜空もうすぼんやりと白みがかっていた。今にも月の姿が見えそうなものだが、雲は出し惜しみをするかのように流れ続ける。その一瞬の絶え間から月の光が鋭く差し込む。シャッターチャンスを逃さずに撮った写真のような歌。「さやけさ」と名詞で終えることで、月そのものではなく、雲間からもれ出る鮮やかな光がいつまでも余韻に残る。後拾遺集の時代から意識的に用いられた「体言止め」の効果がよく出ている。ただし、雲はたなびき続けるので「月の影」もすぐに見えなくなる。一瞬の美しさが際立つほどに、それが消えた後に残るはかなさもまた大きい。そこまで視野に入れておきたい。

 

たなびく雲は万葉以来詠み継がれたが、雲の背後に月を見るのは74源俊頼や75藤原基俊らによる新しい着想。俊頼の影響を強く受けた顕輔らしい一首。77と同じく「久安百首」に提出され、二句「ただよふ」と伝わる。これでは雲の動きがはっきりしない。一言で歌の印象も大きく変わるものだ。作者・藤原顕輔は77崇徳院の信厚く、第六勅撰集『詞花和歌集』を編纂する。84清輔の父。不遇時代の歌に「身をつめばたなびく雲もなき空に心細くも澄める月かな」がある。初句は「我が身と重ねてみると」の意。月まで心細く見えるという。雲がなければいいというわけでもない。

暁星高等学校教諭 青木太朗